先日、知り合いの美容師Kさんからこんな話を聞いた。
郷里の母が上京した時、奮発して高級和食店に連れて行き お昼のコースを食べさせた。
それまで高級店など行ったことのなかった母なので、かなり緊張していたらしく
席に案内されてからも口数少なく、じっと黙って座っているだけだった。
料理が出てきて、頂きましょうという段になって、母が箸を手にとりまじまじと見て
「これ、変だねえ」と言った。
見れば箸の先が濡れている。私の箸も同じように水に浸したようにじっとりと。
そこで、通りかかった仲居さんを呼び、濡れている箸を取り換えてくれるように頼んだ。
仲居さんはじろりと二人を眺め、膝をつきもせず立ったままで
「当店では箸を湿らせて出している、それは高級店のしきたりだ」と
あきらかにバカにしたような風に言い放ち、その場を去った。
母は動揺し「田舎もんだし年寄りだから知らなかった、恥をかいた」としょげてしまった。
私もそんな作法は知らなかったので同じように恥ずかしく
母が馬鹿にされたこともあって、食事の味もわからなくなってしまい
決して安くはない料金を払いながらも、しょんぼりと店を後にした。
・・・という。
この話を聞いて、怒りを覚えない人がいるだろか。
わたしゃ怒る。
遠方から娘のいる東京に出てきて、高級和食の店に連れて行ってもらった。
一人前になった娘さんを頼もしく思い、安心もし、ものすごく嬉しかったに違いない。
それなのに、そこでそんな失礼な扱いを受けたお母さん。
どんなに悲しい思いをされたことか。
「お箸って濡らして出すのが常識なんですかねえ」というKさん。
常識もへったくれもありまっせん!
その店がそういうやり方で出したとしても、そしてそれを知らなかったとしても
そんなことは嗤われることでもモノ知らずなことでも
まして恥ずかしがることでもありません、断じて。
「母が私にも謝るんですよ、恥をかかせたねって。
私こそ母に悪いことしちゃったなあ、って思って、連れてったことを後悔してるの」
Kさんはため息まじりに言う。
お母さまは本当に嫌な思いをなさってお気の毒だったけど
決してKさんのせいなんかじゃないわよ!と声を大にして慰めながら
わたしゃ腹がたってたまらんかった。
そういう仲居さんは失格だ。
またそういう社員教育をしているその店もダメダメだ。
今すぐ廃業してくれてもさしつかえないってもんだ。
だいたい食事のマナーなんてものは、こむつかしい事はコッチ置いといて
人様の迷惑にならないように食べればそれでいーのだ、と思う。
ペチャペチャと音を立てて食べない・あれこれ箸でつつきまわさない
肘をついたり行儀悪い体勢で食べない、箸を振り回して隣の人をつっつかない
酒もっと持ってこーいなどと吠えない、悪酔いして暴れたりひっくりかえったりしない(ゴメン
・・・などなど当たり前のことを守っていれば、そうそう人様の迷惑にはならぬと思っている。
そりゃ食事のマナーで最も難しいのは和食とか言われるので
細かいことを言い出せばキリはなかろうが。
どっちにせよ、その店はいかん。
高級店であろうがなかろうが、大切なのは客に楽しんでもらうことじゃないか?
ましてや高級店だと自負して胸を張るなら、そんな当たり前のことを忘れて
「うちは選ばれたお客様に選び抜いたお料理を提供してるんですぅ」なんて
んな御大層なこと言ってるんじゃねぇ(まあ下品!!
いやその店がそんなコト言ってるかどうかは知らないが。
フレンチであれ和食であれ、食事をしていて分からないことがあれば
お店の人に質問して分かるようになれば良いわけで、遠慮することも臆することもない。
もちろん客の方にも丁寧な言葉遣いと態度は求められるだろうが。
ちなみに娘と夫に「濡らして出される箸」について知ってるかどうか聞いてみたら
「知ってるけど実際には出されたことがない」「ぜんぜん知らん」という返事だった。
娘などは
「それって良い風習なの〜?なんかさぁ、昔のドラマに出てくるカレーライスのスプーンを
水の入ったコップに突っ込んで出すお店みたいじゃん」と言っておった。
ま、そりゃちょっと違うだろうけど。
タイヤ屋さんのご本がまた発売されて、あれこれ取り上げられる店もあろうけれど
本当に大事なのは何なのか、ってこともよーく考えてほしいものだ。
客に喜んで食べてもらうという、基本中の基本をねえ。